2021年 ぶらぶらフォト日記


 
 
12月5日(日)


竣工した家の動画を制作する機会を頂いた

動画的にはどうなのか

写真家の僕には判断は難しいけど

僕の撮ろうとするものは撮れてるんじゃないかな

これから先もチャンスがあれば挑戦しよう

よろしければ見てみてください


https://youtu.be/0qmr4h7qWJ0



動画を撮ってみて、また写真のよさに気づかされた












 
 
11月17日(水)


キャンプ用品、ケトルを買った

ケトルって・・・ やかんやん

と思ったら金色の大きな丸いやかんが思い浮かんで

それと一緒にM川さんを思い出した

18か19の時で

最初の現場で

鳶、土工事の職長さんで

いろんなことを教えてもらった

M川さんはあの頃何歳ぐらいだったんだろう

60前後じゃなかったかなあ

職長会というのがあって

月に1度みんなで飲んでワイワイやる会

「平君、酒はなあ真夏でも燗をしたんがえんじゃ」

と言いながら現場の詰所で

金色のでかいやかんに一升瓶からドボドボドボと

酒を注いでコンロにかけて

人肌がえんじゃと言いながら

うまそうに飲んで

赤い顔してニコニコ笑いながら

スケベな話ばかりしていた

懐かしい

懐かしい人の顔を思い出した

懐かし過ぎて・・・ 


ケトルめ












 
 
10月27日(水)


撮るには撮った

一生懸命撮ったと思う

いろいろ事情はあるわけで

なかなか思うようには進まない

10年ぐらい進んでない

辛抱と横着が一緒になったらいけんけど

できん時は無理をするまい

たとえ形にならなくても

そのことはちゃんと自分を鍛えてくれてるし

大事なもんは写真なんかじゃないし

一生をかけてやっていくんやからね


アホみたいに高くなった

ブローニフイルムを注文しながら

ライフワークのことを想っていた













 
 
10月11日(月)


気付けばもう10月で

父の命日で

あの日は明け方に霧が出て

寒かった記憶と

急ブレーキを踏んだ記憶がある


あの頃写真をやっていたなら

何を写しただろう












 
 
9月14日(火)


作品と肉体には深い関係があって

撮るだけじゃ足りない

現像でも足りない

プリントしても足りない

展示しても足りない

あとは

何と引き換えるか、なんだろう


扇風機が寒くなった夜のロトリガ












 
 
8月26日(木)


犬が尾をふる木の葉がおちるおべんたうをひらく


一瞬で幸せな気持ち、

今朝の山頭火

さすがです












 
 
8月22日(日)

棚を片づけていたら

2000年にJIA展で展示した「逃げたひつじ」のプリントが出てきた。

全紙のRⅭペーパーになんともいえん、ちょっとピンボケの、

どうしようもなくトロ~ンとしたトーンの、

見た人からあまり意見がもらえなかったわけがなんとなくわかるような、

でもまあ、ボーヨウ感はよく出てるわな~

ちゃんとサインしとこ。












 

8月16日(月)


偉そうには言えないけど、

写真の弱点は数の多さ、

もっと減らせよ、セレクトしろよ、多すぎるよ、

最近こんな独り言をよくつぶやいている。


盆は帰らず、電話で母の声を聞く。














 
 
8月5日(木)

炎天下、国立国際美術館。 

鷹野隆大 毎日写真1999-2021 を見る。

自分なりにとてもよく理解できた。

毎日写真シリーズだけでやりきれなかったのは

美術館の要望かな?

大きく伸ばしたスナップ写真がかっこよかった。












 
 
7月31日(土)

東京オリンピック、

ついつい見てしまい、

なかなか仕事ははかどらない。


美術史と写真史の講座終了。

色々と知ることができた。

でも結局、自分の直感を磨かねばと、強く思った。


コロナワクチン1回目予約完了。












 
 
7月20日(火)

梅雨明けピーカンコツコツレタッチ

この暑さじゃ甲山は無理かな

夕方汗だく草刈りラビアンローズ

セザンヌのように撮りたい












 
 
7月18日(日)

梅雨明け

はんちゃんどこ行った












 
 
7月4日(日)

レタッチの日々。

合間にフェイスブックやインスタグラムに写真をアップ、

YouTubeで大谷や佐藤を確認、しかし大谷は凄いな。

ジメジメしてるが甲山の方にも行きたいし、浜の方にも行きたい。

コロナワクチン接種券届くが予約はできない状況。

来週も曇り雨の予報が続いている。

マスクが暑い。


今日の写真は、ちゃんと留守番ができるミー。













 
 
6月19日(土)

たまに、ホンマタカシの写真が見たくなる。

ポートラのシノゴの色ってこんな感じなんよな~

素直に色出してるな~

フイルムの色やね~

わざわざフイルムで撮ってるんだから、

デジタルの調子に合わせることなんかないよ。

自分の写真と見比べ見比べ、

自問自答でレタッチは進む。












 
 
6月2日(水)

最近、撮影の帰りにスマホで演歌をよく聞く。

もう何十年も前に聞いた曲。

電車の窓に流れるネオンの奥の、

流川や、田町や、大街道や、三本松やらの匂いの中に、

確かにこんな世界はあった。


波止場しぐれが降る夜は

雨のむこうに故郷が見える

ここは瀬戸内土庄港

一夜泊まりのかさね着が

いつかなじんだネオン街


広島はもうすぐゆかたのとうかさん、

今はコロナでみんな大変なんじゃろうな。

普通の暮らしに早く戻れることを願わずにはいられない。












 

5月16日(日)

今日、近畿地方梅雨入り、かなり早い。

5月中にという撮影が何物件かあり、

天気のことは考えても仕方ないが、

いい天気で撮りたいもんだ。












 
 
5月3日(月)

美術史講座、聞けば聞くほどアートがつまらなくなるのはなぜか?

これから先の講座で一気に逆転なるのか? わからん。












 
 
4月22日(木)


よく通るケヤキ並木から見える

その赤褐色の建物に足場が組まれていた。

壊される事はしょうがないと思うけど、なんとも言えん。


55年前、あの人はここから見たのだろう、

いい色だって言っただろう。


建物のある風景の中で人は生きていく。

人は死ぬが風景は残る。


風景になる建物の意味を少し想った。



今日の写真はこの春竣工した西宮の第二庁舎。











 

4月10日(金)


北山貯水池から北山を抜けて家まで歩く。

甲山がもこもこしてきていた。

父のオリンパスを持って行く。

露出があってるのかどうかはっきりしないが

シャッターは軽快に切れた。

真砂土の赤茶けた道、つつじ、山桜、青い空、

昔、僕が育ててもらったよろこばしい風景を探しているんだと思った。

帰ってやる焼酎が美味しかった。



* よろこばしい風景 という言葉は、詩人の長田弘さんの「なつかしい時間」

   という本から引用させてもらった。 いい言葉やな~












 
 
 
3月30日(火)


ニテコの桜も今が見ごろで、

黄砂に霞んだ甲山がその風景をいっそう引き立てる。

父のオリンパスで1枚撮る。

あの日から何回目の桜かな、

そうあの日から・・・


あなたはまた来年も咲くんやろね。

そう思いながらシャッターを押した。

カシャ~ンと大きい音がして何かが撮れた。

それが何だかは現像しただけじゃわからんのよね、


やっぱり。












 
 
3月28日(日)


前の公園の桜が今年も咲いた。

夜、花の下で一杯やった。

はんちゃんが桜の木に駆け上がり、ミーが土の上でごろごろした。

クーやペケが桜の木に駆け上がり、チュンやポンがごろごろしたのはもう何年前だった?

足が悪くなったアスターが桜の花びらに埋もれたのはいつのことだった?

なぜか寂寥という言葉がでた。












 
 
3月18日(木曜)


穏やかに晴れて、屋根の上からは青い琵琶湖、その奥には近江富士がくっきり見えた。

屋上の緑化で植えられた植物の若芽が黄緑色にキラキラ輝いていた。

もうすぐ桜か~と、現代アートのことと広島の少年のことを想っていた。












 
 
3月8日(月)


早春の森を抜けて

3人で標高300メートルの頂上を目指す

途中「もう帰りたい」と言った彼は

弁当を食べておやつを食べて立ちションしたことを

50年後、覚えているだろうか

僕は頂上の草の上に寝転がって

青空をバックにクスノキの写真を撮った

50年後、この写真はあるだろうか












 
 
2月23日(火)


一つの心が壊れるのをとめられるなら

私の人生だって無駄ではないだろう

一つのいのちの痛みを癒せるなら

一つの苦しみを静めれるなら


一羽の弱ったコマツグミを

もう一度、巣に戻してやれるなら

私の人生だって無駄ではないだろう


                   エミリ・ディキンスン   翻訳 長田弘












 
 
2月11日(木)

僕が撮ってるのは、ぶらぶら写真と建物風景、甲山、そして竣工写真、だいたいこの四つ。

一番多く撮っているのは竣工写真、時間かけて撮ってるこの竣工写真でやらないとね。


今日の写真は、和泉屋勘兵衛さんの 「方庵」  2009年









 
 
1月30日(土)


もし、僕の写真が価値を持つとするならば、それはきっと僕の知らないところでなんだろう。

継続してさえいれば大丈夫、日々の生活の負担にならないように。

でも、データやフイルムじゃなくて、なんとか紙にのこしたい。

カメラやプリントの品質なんてどうでもいいし、

安いペラペラの紙にインクジェットで十分。

継続してのこす、後の判断は他人がすることだ。

本人の知らないところで必要性は生まれる。












 
 
1月22日(金)


本山周平さんの写真集「日本」が届く。

2010年から2020年までの10年間の彼の仕事、

2000年から2010年の「日本」という写真集もある。

パキッとわかりやすくてとてもいい。

一口に10年って言うけど、この積み重ねこそがこの写真集なんだと思う。

場所とかアングルとか人の表情とか、人の入れ方も素晴らしいけど、

この写真集のキモは、この写真家の時間の堆積なんだろう。

全部売り切ったとしても何年も暮らせるわけじゃないし、なかなかなんだけど。

でも日本の写真を支えているのは、こんな人の地道な活動だと思う。

背筋が伸びる。









 
 
1月15日(金)


「現像所から上がってきたプリントに、僕は一切文句を言わないようにしてるんよ」


なんかの話の中で先輩のカメラマンAさんが言った。 もう10年以上前のことだ。

プリンターとのやり取り、ダメ出しはとってもしんどいけど大切な仕事、それをしないなんて。

そりゃあダメでしょう、とその時は思っていた。


でも最近、この言葉がじわじわ沁みて、Aさんのすごさがわかってきた。  

今でも現像所から上がってきたプリントに、もっと明るく、もう少し赤味抑えて、

なんてダメ出ししてしまう自分がなんか、ちっせーな~ って時々嫌になる。

任すということは信じることで、信じるということは責任を取るということ。

Aさんはそれをやっていた。言いたいところをぐっとこらえてそれを。


写真って、最後は何を撮ったかじゃなくて、誰が撮ったかだと思う。

今日、他の人のやり取りを聞いていて、Aさんの柔和な横顔を思い出した。












 
 
1月6日(水)

背中が大切だと思った。

怒りもせず淡々と、声を出しながら相手に向かって走っていく。

目が合うとにやにやと何も言わない。

ひとり黙々なんか食べてる。

人がミスすると少し悲しそうな目をして、にやにや笑った。

言った、言わないなんて、そんなことはひとつも無かった。

ひたむきに相手にあたる背中があった。

僕が高校1年生の時のキャプテンの雰囲気と同じだった。

1月2日のテレビの大学選手権で、背中で引っ張る人を久々に見た。

今回は残念やったけど、次のステージでまた君を見たい。












 

1月1日(金)

あけましておめでとうございます。 今年もよろしくお願いいたします。

昼前に廣田神社へ初詣、やはりいつもよりは参拝客は少ないみたい。

いい天気で、清々しい元旦。

アロエの花が咲き始めている。

元旦のお屠蘇を天狗寺陶白人さんのぐい吞みでいただく。

手にした時の重さのバランスが素晴らしい。

ごつごつした印象とは全く違う優しい飲み口の感覚に驚く。

酒がすすみすぎるのは少し困る。

今年もいつもと変わらないように撮っていきたい。