2020年 ぶらぶらフォト日記



 

5月15日(金)

神様が僕の前に現れて「現金3000万円と3000万円の借金なんてなんとも思わない強い心とどちらが欲しい」と聞いてきたので考えた。  みなさん、ふにゃふにゃ生きていきましょうね。












 
 
 
5月1日(金)

だいぶん前に、ライオンが描いてあるショールで作った冠布を使っていたことがあった。 ある日一緒に撮っていたカメラマンから「平さん、それどうしたんですか~」なんて言われて、少し恥ずかしくなって普通の白黒の冠布に戻した。 今日パソコン作業をしていて聞いていたBGMで、さだまさしの「風に立つライオン」が流れてきて、そのライオンの冠布のことをふと思い出した。

それと同時に、あらためて今コロナウイルスで命懸けで頑張ってくれている医療従事者の方々のことを想い、心から感謝したいという気持ちになった。今日の写真はそんなみなさんに捧げたい。ほんとにありがとうございます。












 
 
4月11日(土)

入江泰吉記念奈良写真美術館へ尾仲さんの個展を見に行った。 コロナウイルスの影響で催し物は中止になったが、展示は見ることができた。 コロナウイルスの影響と平日なのとで人気のない会場を一人で見て回る。力の入りようが伝わってくる。知っている写真も多く展示してあり、写真集の中の写真とオリジナルのプリントとの違いがよくわかった。色が違うとか濃度が違うとかじゃなくて、オリジナルプリントには確かに凄味が感じられた。

尾仲さんの展示の前に、いつものように入江さんの写真が展示してあったが、今回の写真もすごくよかった。 まだまだ若いもんには負けんぞといった感じで、入江さんのライフワークである奈良の田舎のスナップ風の、どこか尾仲さんの写真に通じるところが感じられる「道」の写真だ。 旅して撮る人と近くを撮る人、手持ちのニコンと三脚に据えたリンホフの違いだけで、写真家が反応した被写体の違いはほとんど感じられなかった。

誰もいない映写室で入江さんのビデオを見ていたら「いい写真を撮るより、撮り続けることの方が大切なんだ」という言葉、入江さんも尾仲さんも僕に写真家の生きざまを見せてくれ、教えてくれる。 いい写真だったな~って、ぶらぶら歩いて近鉄奈良駅まで帰った。 あちこちに桜が咲いていた。


今日の写真は北陸新幹線の工事中、福井あたり。












 

4月4日(土)

先日行った大阪の現場近くに真田丸跡があって、建築家の方と歩きながらその独特な地形は、確かにここに堀があったんだと思わせる。 

天気予報が外れ、ねばったが外観は撮れず延期にした。 空を見上げながら真田幸村もこの近くで「あ~っ くそ~っ」って叫んだかな・・・ いや、でも違うな、彼はたぶんこう言ったんじゃないかな 「しょうがないわ」 って。   

志村けんがコロナで逝った日、しょうがないけど志村、あなたはすごく面白かったよ、ありがとうございました。

今日の写真は阪神石屋川あたり。












 
 
 
3月25日(水)


「世界に希望が残されているとしたら、それは名も無き人々の中にある」 

朝早く、撮影に行く準備をしていた時にテレビから流れてきた言葉になんかすごく感動した。 ゲド戦記の中にある言葉だそうで、翻訳者の清水真砂子さんが語られていた。

玄関を出るとキリッと冷えた空気で、澄んだ光が前の公園の桜が咲かせた、数えられるぐらいの花びらを綺麗に輝かせていたていた。 がんばろうと思った。

All the hope left in the world is in the pepople of no account.












 

3月7日(土)

コロナウイルスはまだまだ終息しそうになく、普通の暮らしのありがたさを感じる。

マスクをしてニテコ池を散歩する。 早くも花の開いた桜の木、水面をくるくる回っている鴨たち、切られた老木の株の下でじっと伏せている黒猫、動かないアオサギ、エストモさんがこの鳥は珍しいのよと教えてくれた鳥の名前はもう忘れた。

「しょうがないわ」という言葉が最近心地よく聞こえる。 甲山が近く見えた。












 
 

2月27日(木)


ハイツラビアンローズの角にスイセンが咲いて、瞬間見るだけだが、なんかいい。

自分が手間をかけるのは嫌だが、他人が手間をかけてくれるのはうれしい。 手間ってそんなことだ。












 
 
 
2月22日(土)

朝、おばが亡くなったと母から電話があった。 きれいな青空の朝で、白山の見える現場だった。

雪を頂いた白山は神々しく白く光っていた。 ただただ合掌と感謝しかない。 ありがとうございました。












 
 
2月15日(土)

フェイスブックでやってるのは2010年に高知へ行った時の写真。 つつきたくなるのをぐっとこらえて撮ったままで、撮った順番通り日々アップを続けること。 それが何になるかはやってみんとわからんね。











 

2月13日(木)

気温が下がるといい写真が撮れると思っている。

このひとは一人で撮っているんだろうと感じさせる写真が好きだ。 たとえそうじゃなくても。











 
 
2月12日(水)

芦屋の浜の方にある処理場は通るたびに撮ってしまう。 

なんかロンドンのテートモダンぽくって好きだ。 とても寒い日で、カメラを持つ手がかじかんだ。











 
 
2月6日(木)

いろんな人が灯してくれた灯りに向かって進んでいけばいいと思う。 感謝しながら。 

漂白と定着の匂いに20数年前を思い出し、いろいろ想う浴室の中。












 

2月3日(月)

これから先、自分に何ができるかわからないし、大したこともできないだろう。 ただ続けるということは自分の意思でできるんじゃないかと思う。 今年の甲山は寒くない。












 
 

1月28日(火)

津山の北に加茂というところがって、そこに陶芸家がいて、面識はないけど、奈義の個展の時の芳名帳に名前を書いてくれていて、フェイスブックで友達になって、それから何年か作品や花や犬の写真やコメントや活動を伝えるものを読み、人柄や考え方が伝わってきて、僕はその人をすごく尊敬していた。

フェイスブックにとてもいい盃の写真がアップされて、これで飲みて~ってコメントを入れたら平さん飲みましょうとコメントを返してくれた。 そんな先輩に今日の写真を捧げたい・・・ 合掌  一緒に飲みたかったな~












 
 

1月21日(火)

先日、京都の宇治で撮影があり、早く終わったので宇治川を見て帰ろうと思ってぶらぶらと歩いたがマーマーの距離があって、宇治川に着いてスマホで位置を確認したらもう少し歩けば平等院鳳凰堂に行けることがわかりまた歩いた。

ぐるぐる廻りってる間に2回、スマホのボタンを押してくれと頼まれた。 中央から撮るより少し右か左からのアングルがいんかな、肝心なところに植栽があって撮りにくいな、などと思いながら平等院ミュージアムへ入ってみる。 廊下のようなところに掛けてあった土門さんの「平等院鳳凰堂夕焼け」という写真、鳳凰の乗る屋根と夕焼けの空を少し右から撮ったものだが、構図もちゃんと決める間もないようなあーあーといった焦った感、なんか土門さんがイライラしながら撮っている姿が目に浮かんだ。なたの切れ味、人間味のするいい写真だった。 帰りには雨が降りだし、宇治茶を買って帰った。












 
 

1月14日(火)

しばらく置いておいた尼崎の現場の写真集校正を見る。 動かない、もう何も入れたり出したりしなくていいと思った。

150枚、よこしまな思いは一切ない。 ただ感謝あるのみ。 完成までもう一頑張りしよう。












 
 
 
2020年1月3日(金)

あけましておめでとうございます。 今年もよろしくお願いいたします。

今年もいつも通りの写真生活が出来れはいいと思います。 まとめんといけんもんもあるけど、無理せずマイペースで、慌てるとろくなことがないからね。 

今年は建物風景を意識的に多く撮っていきたいと思っている。 2011年の奈義の美術館の個展からずっと思い続つけている建物風景、少しずつでも作品が作り出せれたらいいなと思っている。なかなか忍耐のいる仕事なのでこれも無理せずにだが・・・ 長い仕事になるんだろうな。

今日の写真はエストモさんの吊るし柿、今年もおいしいのができました。